悟浄の部屋の前でコホンとひとつ咳払いをすると、エプロンの紐を締め直して軽く部屋の扉をノックする。
「・・・あれ?」
確か悟浄は部屋にいるって出掛けに八戒から聞いたんだけど・・・寝ちゃった?
もう一度ノックをするけど、さっきと同じで部屋から何の反応もない。
・・・ちょっと待ってよ!今日を逃したらいつ悟浄の誕生日を祝えって言うの!?
そう、今日は11月9日・・・悟浄の誕生日。
悟浄が熟睡してて起きてくれない、又は八戒の気づかないうちに出掛けてしまった等・・・という最悪の事態が頭をぐるぐる回り始めたので、あたしは何も考えず悟浄の部屋の扉を連打しながらその名前を呼んだ。
「悟浄―ごじょぉ――!ご〜じょ〜ぉ――っ!!」
暫くそれを繰り返していると、タバコを口に咥えた悟浄がビックリした顔で出てきた。
はぁ・・・良かった、やっぱり八戒の言ったとおり部屋にいたよ。
ホッと胸を撫で下ろすと、悟浄がポンってあたしの頭に手を置いた。
「どした?」
いつもと同じ、だけど何だかちょっと疲れたような悟浄の声。
あー・・・さっき八戒が今日も悟浄は朝帰りだって言ってたからその所為かな?
疲れている所を叩き起こして申し訳ない気分もちょっとあるけど、今日だけは・・・どうしても悟浄と一緒に過ごしたいんだ。
手持ち無沙汰な指をちょっと絡ませながら悟浄の今日の予定を聞いてみた。
もし前もって誰かと約束があったら・・・まずいもんね。
「ね、悟浄・・・今日ってお出掛けする?」
「いんや、別に・・・」
眠そうに欠伸をしながら髪の毛をかきあげる悟浄を見て、心の中でガッツポーズを決める。
よし!これで悟浄確保決定!!
パッと顔をあげると今度は笑顔で悟浄の腕を軽くつついた。
「あのさ、今ちょっといいかな?」
「あぁ別にイイけど・・・ナニ?買い物?洗濯?」
・・・悟浄、それちょっと所帯染みた台詞だよ。
常日頃の悟浄の休日がどんな風に使われているのかが良く分かる台詞だなぁ。
「全然違う。取り敢えずちょっと居間に来てくれる?」
「ナンだ?まーた八戒のヤツが上の方に物積んだのか?」
そのままあたしの前を歩いて居間へ向かおうとした悟浄の手を慌てて掴む。
振り返った悟浄は首を傾げたけど、すぐにピンときたらしく楽しげに笑いながら部屋に戻ると薄いチェックのシャツを羽織って出てきた。
・・・今更だけど、本当に今更なんだけど・・・悟浄がシャツを着ないで目の前にいるのは未だに慣れないんだよね。
家の中で暖房が効いていると悟浄はすぐに上着を脱いで、タンクトップ一枚でウロウロしてるから。
はぁ・・・心臓に悪いよ、悟浄。
取り敢えず居間に行くと先に部屋に入った悟浄がキョロキョロ上の方を見ている。
あっそっか・・・何を取るか探してくれてるのかな?
でもね、今日は上のにある物を取って貰いたいんじゃないんだ。
「なぁチャンどれ・・・」
「悟浄、コーヒー入れるから飲まない?」
悟浄が尋ねる前にあたしは前もって用意しておいたコーヒーを目の高さまで持ち上げる。
「あ・・・飲む・・・」
「じゃぁ座って座って!」
急かすように手招きをすると悟浄は僅かに眉を寄せる。
あー・・・怪しまれてる!?でも取り敢えず席に座らせる事は出来たぞ!
「な〜んか企んでるだろ?」
「・・・べ、別に!」
「ま、イーけどね・・・おっこれコナコーヒー?」
「当たり。」
八戒と悟浄がコーヒーの話をしてるの聞いちゃったんだよね。
八戒は普通にブルーマウンテンが美味しいって言ってたけど、悟浄はその時・・・コナコーヒーが好きって言ってたから、八戒にお願いして買って貰ったんだ。
嬉しそうに香りを楽しみながらコーヒーを飲み始めた悟浄に一声かけて台所へ向かう。
さて、ここからが・・・本番。
特別美味しく焼けるわけでも作れるわけでもない。
お誕生日ケーキからはかなり遠いけど、悟浄の誕生日をお祝いする気持ちを込めて精一杯焼くから・・・。
前もって用意しておいた生地に願いを込めるよう手を合わせ、温めていたフライパンにバターを入れ焦げ目がムラにならないよう気をつけながら・・・あたしはホットケーキを焼いた。普通にフライパンいっぱいに焼くんじゃなくてそれよりちょっと小さめなホットケーキを取り敢えず2枚焼くと火を止めて、大き目の白いお皿にちょっとずらして並べた。
冷蔵庫の中から季節のフルーツを取り出すと、皮を向いて食べやすいようひと口サイズに切る。
悟浄は甘すぎるのは好きじゃないから、メープルシロップは別の小さな可愛い入れ物に入れてトレイに乗せた。
最後にちょっと離れた所からプレートを眺めて、歪んだ所を直して・・・メープルシロップの隣にホットケーキのお皿を乗せる。
どうか、どうか悟浄が少しでも喜んでくれますように!!
「お待たせしました♪」
「お待ちしてました。」
居間に戻ると悟浄は窓の外を眺めていて、机の上の灰皿には何故か先の方だけ黒くなった長いタバコが何本も置かれていた。
一瞬その光景に違和感を感じたけど、取り敢えずあたしは机に戻ってきた悟浄へ後ろ手に隠していたトレイを差し出した。
「お誕生日おめでとう、悟浄!!」
「へ?」
「本当はちゃんとした丸いケーキを焼きたかったんだけど、あたし・・・作り方分かんなくて・・・八戒に聞いて作ろうかなぁって思ったりもしたけど、やっぱりひとりで作ってお祝いしてあげたくて・・・」
だんだん言ってる事がしどろもどろし始めた時、ふと悟浄の指があたしの左腕に触れた。
「・・・赤くなってる。」
「あ、あぁこれ?・・・その、フライパンにちょっと触っちゃって・・・」
「・・・これ、作るのに?」
「んー・・・あたしがドジなだけだよ。」
「チャンおっちょこちょいだもんな。冷やした?」
「うん。」
「そっか・・・」
それからあたしが顔をあげて何気なく悟浄の顔を見たら・・・今まで見た事がような照れた顔をしていた。
しかも視線は余所を向いて、口元を手で押さえて隠してる。
それが珍しくて思わずじーっと眺めていたら、悟浄がバツが悪そうな顔であたしの額を指で弾いた。
「っ!」
「あんまじっと見んなヨ・・・」
「だって・・・悟浄がそんな顔するなんて・・・」
そこまで嬉しそうな顔してくれるなんて・・・思わなかったから。
誕生日ケーキには程遠い、子供のオヤツのようなホットケーキ。
でもね、悟浄の誕生日って考えて・・・思ったんだ。
普通のケーキはお友達が買ってくれたり、奢ってくれたりして食べてると思ったの。
お酒だって凄く美味しい高いお酒を綺麗なお姉さんから貰ったりしてるって思った。
だから、今のあたしがあげられる物で悟浄が喜びそうなもの・・・一生懸命考えた。
それでふっと頭に浮かんだのが―――ホットケーキ。
悟浄はこういう家庭的な手作りの味ってあんまり知らないんじゃないかな・・・って。
思ったが吉日と思って向こうで練習してたら、左腕火傷しちゃったんだよね。
しかも実は・・・ひっくり返し損ねたホットケーキが手に落ちたという、ものすごーく情けない理由で・・・。
だから恥ずかしくて本当の事は言えない、って言うか絶対言わない!
「食べて・・・くれる?」
「モッチロン♪」
トレイを差し出すと悟浄が満面の笑みでそれを受け取り、いつものご機嫌な時と同じ様に変な鼻歌を歌いながら席についてナイフとフォークでホットケーキをひと口食べた。
――― その瞬間、悟浄の動きが止まった。
「ご、悟浄?」
思わず壁の時計に視線を向けてその針が動いている事を確認する。
だって・・・時間が止まったのかと思うほど悟浄、いきなり止まるんだもん!!
短針長針ともに動いているのを確認してもう一度悟浄の方を振り向くと・・・今度は無言でホットケーキを口に運ぶ悟浄に、更なる不安を感じて思わずイヤな予感が頭をよぎる。
――― 砂糖と塩、間違えた!?
いや、それは最初から最後まで確認したし、入れる前にちゃんと自分で舐めて確認したからそれは大丈夫。
あっ・・・膨らみが普通のより足りないからあんまり美味しくないとか!?
それとも最初フライパンが温まってなかったから、市販のみたいに綺麗に茶色くなってないからホットケーキって思われてない!?
って言うか、八戒がホットケーキなんて単純なお菓子を作ってないはずないじゃん!
そうだよっ!悟空が来た時に作ったりしてたら絶対悟浄もそれ食べてるよね!?
それなら八戒が作ったホットケーキの方が何十倍も美味しいに決まってるじゃん!!
そんな風にあたしが勝手に自問自答している間に、いつの間にやらお皿の上は空になっていて・・・空になったお皿を悟浄があたしの前に差し出した。
これは一体・・・どういう意味?
悟浄が何を言いたいのか分からず、空のお皿を指で示して悟浄の顔を見ればにっこり笑顔でこう言った。
「オカワリ。」
「は?」
「あ、・・・もしかしてコレで終わり?」
「え?いや・・・生地はいっぱいあるから焼けばまだまだ出来るけど・・・」
「焼くの、大変?」
「ううん、すぐ焼けるよ。」
「ンじゃオカワリv」
そう言ってフォークを咥えたままお皿を両手で差し出す悟浄が、なんだかいつもと全然違って可愛く見えて思わずポロリと口にしてしまった。
「悟浄・・・可愛い・・・」
「はぁ!?」
さっきまで可愛らしく見えた顔を歪ませてこっちを見たけど、その表情はやっぱりいつもと違って何処か柔らかい。
ふいに視線がぶつかったかと思うと、悟浄が軽くウィンクをしてあたしが持っていたお皿を指さした。
「・・・それ、今まで食った中で一番ウマイ。」
「え?」
「サイッコーに・・・温かい味がした。」
――― 喜んでくれた!
悟浄が喜んでくれたという実感が徐々に込み上げてきて、思わず目が潤みそうになった。
それを隠すかのように空のお皿を持って勢いよく席を立つ。
「よーっし!それじゃぁ次は特大ホットケーキ!行ってみよう!」
「・・・いや、普通でいいから。」
「遠慮しないで♪」
「してねェって!」
「大きいのも美味しいよ?」
「普通でお願いします。」
「本当に?」
「ホントに!」
「ちぇ〜っ」
ちょっと残念な気持ちになりながらも、一応本日の主役である悟浄のリクエストに応えようと台所へ歩きかけたあたしの前に急に腕が伸びてきて、瞬間背中に感じた温かな体温。
「・・・チャンの気持ちがいっぱい詰まってっから、今のサイズで十分だ。」
そう言って後ろから軽く抱きしめられて、あたしの頭は一瞬真っ白になった。
いつもと違ってすぐに腕を解いてくれたから、よろよろと前に進んで台所へ入る事が出来たけど・・・あたしの心臓は早鐘のようにドキドキしたまま。自然と赤くなる頬を手でぺしぺしと叩きながら、おずおずと台所から顔を出してそれに気付いた悟浄がこっちを振り向いた瞬間に
今日一番の笑顔で
今日一番相応しい言葉をかけた。
「お誕生日おめでとうっ!悟浄!!」
あなたが生まれて、本当に良かった。
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★ Happy Birthday ★
沙悟浄
悟浄のお誕生日・・・お流れになるかと本気で思いました(苦笑)
プレゼントに作るのはホットケーキというのだけは今回譲れなくて、一生懸命考えながら書いたんですが、ボツ・・・いくつ書いたかなぁ〜(遠い目)
だってこの形が浮かんで書いたのって昨日の夕飯前(笑)←ばらさなくても・・・
でもって今朝一生懸命校正して・・・何とか間に合った次第でございます(苦笑)
本当はオマケをつけたかったんだけど、そこまで手が回らなかった・・・って言うかまた痛い話になりそうだったからちょっと保留
(素直に書けてないと言え!)
気に入ったのが書ければ追加してもいいかなと思ってます。
現在放送中のRELOADではすっかり色気も倍増して、テレビの前の女性をときめかせてくれています(一部限定かもしれないけど(苦笑))
今後のその甘い声で心臓を止めそうな台詞を言って下さいvってか寧ろ希望!